悟りを開くことで本当の人生へ!チャラ悟りエンジョイライフへ

今回は、「悟りを開くこと」について。

これも明日のトークショーで詳しくお話させていただきますが、僕は2014年10月頃から悟りに急激に興味を持ち…そして、悟りを開くための学びに没頭するようになりました。

修行までしちゃいましたからね。笑

その理由は・・・

悟りこそが真理と直感したから。

悟りに興味を持ち始める前までは、再ブームを起こした引き寄せの法則をもう一度勉強してみようと…著名な日本人の方の本を読んだりワークショップに行ってたんですが、その際に引き寄せの法則は、真理の表層でしかないと感じたのも理由でした。

2014年~2016年の3年間は、どっぷりスピリチュアル漬けになったわけです。

が、不思議とスピリチュアル系のセミナーやワークショップ会場で出会う人たちは、引き寄せよりも悟りは核心を突いているのに…興味を持ってるという人が少なかったんですよね。

この原因は・・・

悟りがめっちゃ誤解されてるから!

それに他ありませんっ!!!

今を愛から楽しく生きるエンジョイライフは、悟ってこそ満喫できるようになるのに…どうでも良いことが気にならなくなって、自分の好きを選択できる人生になるのに。

ルッシー
チャラ悟りエンジョイライフだなっ!

そう、それそれ!

ということで、今日は悟りを開くことの誤解について書いてみます。

悟りを開くことの誤解とは?無欲の境地になるわけじゃない!

僕の昔からの印象ですが、悟りを開くって言葉からイメージされていたのは…長年にかけて厳しい修行を積むことで、無欲の境地へ到達することを目指す道というものでした。

いかがですか?

僕と同じイメージだったりしませんか?

そして、こう感じませんか?

ルッシー
つまんねぇーーーーー!!!!!

…って。笑

だって、人生をかけて苦しい修行を積んでまで、なぜになぁーんも欲がなくなっちゃう的な退屈そうな境地を目指さなきゃいけないのかって。

悟りに対して上のようなイメージを持っていたら、そりゃ興味は沸きません。

でも、実際は全然違うんですよね。

これってお釈迦様が修行しまくったことが一般的なイメージに影響してるんだと思いますが、修行しまくった本人が苦行を積むことは意味がないと否定していますし。

それに無欲の境地を目指すわけでもないっ!w

これは「絶対的無=空」と繋がるということが、無欲の境地になることを目的としているみたいな誤解を招いてるんじゃないかなって思います。

絶対的無(空)っていうのは、言いかえたら・・・

ぜーんぶオッケーな絶対的愛です。

お、聞いたことあるフレーズに変わりましたね。

悟りを開くっていうのは、ハートを開くことで・・・

よっしー
「愛のリハビリ」でございまっす!

どんな感情もぜーんぶ感じてオッケーだったことを思い出し、すべての感情を受け入れて許して認めることで初めて手放すことができて、抑圧していた感情エネルギーの解放が起こるのです。

これを強力に体感させてくれるサポートツールが、∞高次元調律∞なんですよね。

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愛は今この瞬間に感じることしかできないのに…頭を使いすぎてしまって、人はいつしか愛を思考で追い求めるようになってしまいます。

そのことに気付き、健全に愛を感じられるためのリハビリを行なう。

これが「悟りを開く=ハートを開く」ということでっす。

ルッシー
猫…イヤな顔してるじゃねーか?

してねーしっ!笑

そして、悟りを開いてからは、いつも今ここに在った愛を感じながら…その愛を育んで大きく広げていく毎日を過ごしていくようになります。

これがラブワン人生ですね。

怒りも悲しみも恐怖も…すべての感情は愛から生まれていて、自分の中に起こった感情を抑圧せずに感じ切るようになることで、どんな感情の奥にも絶対的な愛があることを体感できます。

この体験を一度でもしてしまえば、感情を抑えることはしなくなっていきます。

だって・・・

全部が愛なんだから。

と、今回は少し長くなりそうなので、続きは次回に♪

ルッシー
引っ張ってんじゃねーしっ!

クックック…笑

See You!

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