悟りの一瞥体験が!?この世界に意味はないことを知るへ

早速、前回の続きです。

僕の根底にあった無価値観を埋めるために偽りの自己肯定をして来た…今までの人生がすべて否定された気持ちになり、僕は家で一人塞ぎ込んでました。

この世界を創った神がいるのだとしたら、ふざけた世界を創ってんじゃねー!と怒りと悲しみの淵に立たされ、絶望感に浸っていましたね。

そんな絶望感の中、事前に申し込んでいた経営セミナーに行かなくてはならなくて、仕方なく当日の朝に感情解放ワークを行ない、会場に向かう電車に乗り込んだのです。

そして、電車に乗ってまもなく、友人にラインを送っていたら…僕が居なくなりました。

友人に送るラインの文章を打つスマホを持っている手を見たとき、自分の手が自分の手じゃなくなっていたのです。

驚いて電車の車内を見まわしたら、目に映るすべてが何の意味もないただの景色でしかありませんでした。景色…というより、ただ目に映ってる「何でもないもの」という感覚ですね。

そして、気付いたのです。

今までこの「何でもない世界」に・・・

勝手な意味付けをして、苦しんで来たことに。

この体験は、「悟りの一瞥、見性」と言われる真理を垣間見る体験でした。

起こることが起こる!人生はすべてが決まっている!?

セミナー会場に向かう際、乗り換えが何回かあって…時間もギリギリだったことから、乗り換え電車と電車の間、駅から会場まで走りました。

乗り換えの時には、混雑している人波をかき分けながら走り…駅から会場まで息を切らしながら走っているわけですが、その自分すら自分ではないという不思議な感覚でした。

ただ映っているものを見てるだけ、まるで無音の映画を観ているかのようでした。

そして、さらに気付いたのです。

「そうか、起こることが起こる。人生で見れる景色は決まっているんだ。」

と。

この何の意味もない目に映る世界で起こることは、自分でコントロールしていません。自然と起こることが起こるわけで、人生で見れる景色は決まっていることが腑に落ちたのです。

あ、だからと言って・・・

運命は決まっていません。

これはちょうど1年半前の体験の話になりますが、あの頃に周りの人にあまり話さなくて良かったなーって感じています。今だからこそ、この時の気付きの解釈が正しく行えているので。

すべてのことがご縁によって起こりますが、運命が決まってるわけじゃないんですよね。

過去から解放されて今を愛から生きることで、新しい未来が創造できます。これは、個人的な視点からの話ではなく…宇宙全体としての視点からの話になりますが。

要するに「みんなでひとつ。みんなで創造する=共同クリエーション」ということですね。

絶対的な愛の中にある!どんなことにも翻弄されない安心感へ

この不思議な体験は、ここから2日間続きました。

2日間ガッツリのセミナーだったんですが、至福感に包まれていて…どんなことが自分の中で起こっても絶対安心という信頼感に満ち溢れていました。

僕はこう見えてかなり緊張するタイプなのですが、最初の自己紹介の時の緊張感を感じながらも…絶対的な愛の中にありました。

そして、自己紹介で笑いを取りに行き、バッチリ笑いを取れたところ、思いきりスベったところ…どちらにも絶対的なオッケーが出せていて、嬉しさにも恥ずかしさにも翻弄されません。

どんなことが起きても絶対に大丈夫。

この安心感の中で、2日間を過ごし…2日目セミナーは、初日の懇親会が盛り上がって深夜まで飲んでカラオケ行って、朝方タクシーで帰って…寝不足&二日酔いの状態で参加しました。

しかし、寝不足と二日酔いの感覚にも引っ張られず、経営セミナーのワークに集中することを選択できて、この時のセミナーで行なったマネジメントゲームの成績をどんどん上げられました。

普段だったら、こんなことは絶対に不可能だったと思います。

が、この体験は・・・

2日目のセミナー後、家に帰ったときに終わってしまったのです。

ということで、また続きは次回に♪

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